ストラテジーレターⅠ: ベン&ジェリー 対 アマゾン
From The Joel on Software Translation Project
Joel Spolsky ジョエル・スポルスキ
翻訳: Yasushi Aoki 青木靖
2000/5/12
会社を作っている?あなたがしなければならない非常に重要な決断がひとつあって、それはあなたのする他のすべてのことに影響する。あなたがどんなことをするにせよ、あなたは自分がどちらのキャンプに属しているのかを知り、あらゆることをそれに合わせて行う必要があり、そうしなければ災難に見舞われるだろう。
何の決断かって?ゆっくりと有機的に収益を上げながら成長するか、それとも非常に早い成長と大量の資金でビッグバンを起こすかだ。
有機的モデルでは限定された目標を設定した小さな会社から始め、長い時間をかけてゆっくりとビジネスを構築する。これを(アイスクリーム会社の)ベン&ジェリー・モデルと呼ぼう、というのもベン&ジェリーがこのモデルに非常によく合っているからだ。
もう一方のモデルは「急成長」モデル(別名「土地収用」)と一般に呼ばれており、膨大な資金を調達し、収益にはおかまいなしで可能な限り早く大きくなるよう立ち回る必要がある。これをアマゾン・モデルと呼ぼう。アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスが、この急成長モデルの代表的なスポークスパーソンだからだ。
これらのモデルの違いを見ていこう。最初に問うべきことは、あなたが参入しようとしているビジネスには競合がいるかいないかということだ。
| ベン&ジェリー | アマゾン |
| 既存の多数の競合 | 新しいテクノロジー、当初は競合なし |
アマゾンのように実質的には競合が存在しない場合、あなたは「土地収用」戦略によって、つまり、可能な限り早く多くの顧客をつかみ、後の競合たちが大きな参入障壁に直面するようにすることで成功する可能性がある。しかしあなたが確固とした競合がすでに存在する業界に参入しようとする場合は、この土地収用戦略のアイディアは意味を成さない。あなたは自分の顧客ベースを他の競合から乗り換えさせることによって獲得する必要がある。
一般的にベンチャーキャピタリストは厄介な競合のいるマーケットへの参入というアイディアにはあまり乗り気にならない。個人的には、私は確立した競合というのをそれほど恐れてはいない。それは私がMicrosoft Excelの仕事をしていたときに、実質的にマーケットを独占していたLotus 123をExcelがほとんど完全に置き換えたのを経験しているからかもしれない。ナンバーワンワードプロセッサーWordはWordPerfectを置き換えたが、それはまたWordStarを置き換えたのであり、これらはいずれも、ある時期において市場をほぼ独占していたのだ。そしてベン& ジェリーは、彼らが現れる以前にアイスクリームが手に入らなかったというわけではないが、素晴らしい会社に成長した。あなたがその気なら、競合に取って代わることは不可能ではない。(その方法については今後のストラテジー・レターで説明していこう。)
競合に取ってかわることについてのもうひとつの質問は、ネットワーク効果とロックインに関係している。
| ベン&ジェリー | アマゾン |
| ネットワーク効果なし、弱い顧客ロックイン | 強いネットワーク効果、強い顧客ロックイン |
「ネットワーク効果」は顧客が多ければ多いほど、より多くの顧客を得ることができる、という状況のことだ。これはメトカルフェの法則に基づいている。すなわち、ネットワークの価値はユーザの数の2乗に等しい。
いい例はeBayだ。あなたの古いパテック・フィリップの腕時計を売ろうと思うなら、あなたはeBayでよりよい値をつけることができるだろう、なぜならそこには買い手がたくさんいるからだ。あなたがパテック・フィリップの腕時計を買いたいなら、あなたはeBayを見に行くだろう、なぜならそこにはたくさんの売り手がいるからだ。
もう1つの極めて強いネットワーク効果の例は、ICQやAOLインスタント・メッセンジャーのような占有チャットシステムに見られる。あなたが人々とチャットしたいのなら、あなたは彼らがいるところへ行く必要があり、今のところICQとAOLがほとんどのユーザを押さえている。あなたの友達が使っているのはこれらのサービスのひとつであって、MSNインスタントメッセンジャーのようなもっとマイナーなものではない可能性が高い。Microsoftのすべての筋力と、金と、マーケティングスキルを使っても、彼らはオークションやインスタントメッセージングに参入することができず、ネットワーク効果というのはそれほど強いものなのだ。
「ロックイン」とは、人々に乗り換えたくなくさせる何かがそのビジネスにはあることを言う。たとえサービスがあまり良くない場合でも、人々はインターネットプロバイダを乗り換えるのを好まず、それはemailアドレスを変えて新しいemailアドレスをみんなに知らせることの煩わしさのためだ。新しいワープロで以前のワープロのファイルが読めないなら、人々はワープロを変えたいとは思わない。
ロックインよりさらに狡猾なのはステルス・ロックインと私が呼んでいるもので、それはあなたが気づかないうちにロックインしてしまうサービスのことだ。たとえば、PayMyBills.comのような新しいサービスは、あなた宛の請求書を受け取ってそれを読み込み、インターネット上であなたがそれを見ることができるようにする。そういうのはたいがい3ヵ月の無料サービスが付いている。しかし3ヵ月が過ぎたとき、あなたがそのサービスをやめたいと思うなら、個々の請求書発行者にコンタクトして、請求書送付先をあなたの家に戻す以外に選択肢がない。それをやることの面倒さは、あなたが PayMyBills.comから乗り換えるのを妨げるだろう--彼らに口座から毎月8.95ドル取り続けさせておくほうが、まだましだ。そういうことか!
自然なネットワーク効果とロックインのあるビジネスにあなたが参入しようとしているのなら、そしてそこに確立した競合がいないのであれば、あなたはアマゾンモデルを使ったほうが良く、そうしなければ他の誰かがそれをやり、あなたは足掛かりさえ得られないだろう。
短いケーススタディ。1998年、AOLは5週間ごとに100万人の顧客という割合で急成長するために膨大な支出をしていた。AOLはチャットルームやインスタントメッセージングのような、ステルス・ロックイン効果のある素敵な機能を持っている。あなたがそこでチャットしたい友達のグループをひとたび見つけたなら、あなたは他のプロバイダに乗り換えることはないだろう。それは友達を全部新しく作り直すようなものだ。私の考えるところ、月10ドルのインターネットプロバイダがたくさんあるというのにAOLが月に22ドルも課すことができるのは、主にこの理由のためなのだ。
私がJunoで働いていたとき、経営陣はこの点を理解しておらず、誰もがネットワークに向かっていたときにAOLを追い抜く最高のチャンスを逃した。彼らは増資して既存の株主を薄めたくなかったために、顧客獲得のための十分な投資を行わず、チャットやIMについて戦略的には考えず、AOLが持っていたようなステルス・ロックイン効果のある機能を何も開発しなかった。今ではJunoは月に平均5.50ドル払う300万人のユーザを持ち、一方AOLは月に平均 17ドル払う2100万人のユーザを持っている。ウヘッ。
| ベン&ジェリー | アマゾン |
| わずかの資本しか必要としない、比較的早く収支がとんとんになる | 法外な量の資本が必要、収益が出るまでに何年もかかる |
ベン&ジェリー型の会社は誰かのクレジットカードでビジネスを始める。彼らはその初期において、非常に短期間で収益が出るビジネスモデルを採用する必要があり、それは彼らが達成したいと思う究極のビジネスモデルではないかもしれない。たとえば、あなたは年間の売り上げが2億ドルの巨大アイスクリーム会社になりたいと思うかもしれないが、しかしとりあえずは、バーモント州に小さなアイスクリームショップを開き、それが収益を上げられることを期待し、もしそうなったら利益を再投資してビジネスをゆっくりと拡大しよう、というところで手を打たなければならないだろう。ベン&ジェリーの社史には彼らが1万2千ドルの投資で始めたとある。arsDigitaも1万1千ドルの投資で始めたと言っている。これらの数字はどうもマスターカードの標準的なクレジット限度額のように見えるのだが。フーム。
アマゾン型の会社は実際には誰も使えないほどの早さで資金を調達する。それには理由がある。彼らは非常に急いでいるのだ。もし彼らに競合がおらず、ネットワーク効果のあるビジネスをしているのなら、超高速に成長すべきなのだ。一日一日という時間が重要なのだ。そして時間を金で置き換えるための方法はたくさんある(囲み記事を参照)。そのどれもがおもしろい。
時間を金で置き換える方法:
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ベン&ジェリー型の会社にはこれはまかなえないので、ゆっくりとした成長に甘んじる必要がある。
| ベン&ジェリー | アマゾン |
| 企業文化は重要である | 企業文化は不可能である |
年100%以上のスピードで成長しているとき、企業の価値観を新規採用者に伝授するのは不可能だ。プログラマがマネージャに昇進し、突然昨日採用されたばかりの人間を5人部下につけられたなら、あまり多くのことを教えることはできないだろう。Netscapeがこれのもっとも顕著な例で、一年でプログラマの数が5人から約2000人へと成長した。結果として、彼らの文化は会社に関して異なる価値観を持つ異なる人々の寄せ集めとなり、みんな違う方向に引っ張っていこうとした。
ある種の会社にはそれでもOKだ。別な会社にとっては企業文化は会社の存在理由の重要な部分である。ベン&ジェリーは創業者の価値観がゆえに存在し、彼らはその文化が広められるよりも早く成長することを拒むだろう。
仮想のソフトウェアの例を考えてみよう。あなたはワードプロセッサの市場に参入しようとしているものとしよう。さて、この市場はMicrosoft によって独占されているように見えるが、しかしあなたは、何かの理由でワープロが絶対にクラッシュしては困る人々向けというニッチに目を付けた。あなたは決してクラッシュしない超頑健、高耐久性のワードプロセッサを作り、彼らの生命をワードプロセッサに預けている人々(OK、多少無理はあるけど、仮想的な例だとは言ったはずだ)に対しプレミアム価格で売ろうとしている。
さて、あなたの企業文化はたぶん頑強なコードを書くためのあらゆる種類のテクニックを含んでいることだろう:ユニットテスト、公式コードレビュー、コーディング規則、大きな品質保証部、などなど。これらのテクニックは簡単なものではなく、時間をかけて学ぶ必要のあるものだ。新しいプログラマが頑強なコードを書く方法を学んでいる間、彼らはより経験を積んでいる者から指導と助言を受ける必要がある。
指導や助言が不可能なほど早く会社を成長させようとするやいなや、あなたはその価値観を伝達するのをやめてしまうだろう。新しく採用された者は知識を欠いており、信頼性の低いコードを書くだろう。彼らはmalloc()の戻り値をチェックせず、彼らが予想もしない奇妙な状況で彼らのコードは失敗し、誰も彼らのコードをレビューする時間も正しい方法を教える時間もなく、あなたのMicrosoft Wordに対する競争優位は失われてしまう。
| ベン&ジェリー | アマゾン |
| 誤りは貴重な教訓となる | 誤りは実際気づかれもしない |
あまりに早く成長している会社というのは、大きな誤りを犯した場合でもそれに気づかず、金の使いすぎという問題に関しては特にそうだ。アマゾンは比較ショッピングサービスのJungleeを1億8千万ドルかそこらの株式で買収したが、比較ショッピングサービスというのは彼らのビジネスにはあまり好ましくないということに突然気づいてそれを閉鎖した。山ほどのキャッシュがあればバカな誤りも簡単に取り繕えるのだ。
| ベン&ジェリー | アマゾン |
| 大きくなるには時間がかかる | 非常に早く大きくなる |
早く大きくなるというのは、(実際にはそうでなくとも)成功しているという印象を与える。毎週30人が新規に採用されているのを見た先見の明がある従業員は、自分が何か大きなエキサイティングで成功しているものの一部であるように感じる。彼らは12人の従業員と一匹の犬からなる活気のない小さな会社には印象を受けないかもしれない。たとえその活気のない会社が収益を上げており、より良い長く続く会社を作っているのだとしても。

アルバカーキの小さく活気のない会社
大まかな指針としては、あなたはいい働き場所を作るか、あるいは人々に早くリッチになれると約束することができる。しかしそのどちらか片方でなければならず、そうしないと人を雇えないだろう。
あなたの従業員のあるものは、たくさんのストックオプションを提供するIPOの可能性が高い会社に印象を受けるだろう。そのような人々は勤務時間中ずっと辟易しているような会社でも喜んで3年か4年の間働くだろう。虹の向こう側に大金を見ているからだ。
もしあなたがゆっくり有機的に成長するなら、大金があるのはずっと先だ。そのような場合には、その過程自体が報酬となるような仕事環境を作る以外に選択肢はない。それはてんてこ舞いの週80時間労働というわけにはいかないのだ。オフィスは折りたたみテーブルと硬い木の椅子でいっぱいのごちゃごちゃした騒がしい大きなロフトではありえない。あなたは人々にしかるべき休暇を与える必要がある。同僚はただの同僚ではなく、友人である必要がある。職場における社会学とコミュニティが問題となる。マネージャは物のわかった人間で人々の背中からは離れる必要があり、ディルバート的マイクロマネージャであってはならない。あなたがこれらのすべて行うなら、次のIPOで金持ちになれるという夢に何度もだまされてきた多くの人々を引き付けられるだろう。今や彼らは何か長続きするものを求めているのだ。
| ベン&ジェリー | アマゾン |
| たぶんあなたは成功する。多くの金を失うことはまずない。 | 億万長者になるわずかの可能性と、単に失敗する高い可能性がある。 |
ベン&ジェリー・モデルを使い、十分に賢明であるなら、あなたは成功するだろう。ちょっとしたゴタゴタがあり、いい年と悪い年があるかもしれないが、別な不況に見舞われなければ、あまり多くの金を失うことはないだろう。そもそもはじめからそんなにたくさんつぎ込んではいないからだ。
アマゾンモデルの問題は、みんなが考えるのがアマゾンのことだということだ。そしてアマゾンはたった一つしかないのだ。膨大なベンチャー資金を使いながら、彼らの製品を誰も欲しがらなかったために失敗した他の95%の会社のことを、あなたは考える必要がある。少なくとも、あなたがベン&ジェリーのモデルに従うなら、誰もあなたの製品を欲しがっていないことにあなたが気づくのは、一枚のマスターカードのクレジット限度額を使い切るずっと以前のはずだ。
[edit] あなたにできる最悪のこと
あなたにできる最悪のことは、ベン&ジェリーのような会社になろうとするのか、アマゾンのような会社になろうとするのか決められないということだ。
あなたが既存の競合が存在せず、ロックインとネットワーク効果があるマーケットに参入しようとするなら、アマゾンモデルを使ったほうがよく、そうしなければ、アマゾンの2年前にビジネスを始めたのに誰も知らないWordsworth.comの道を、あなたはたどることになる。あるいはもっと悪く、ebayを追い抜く可能性のない[http://auctions.msn.com MSN Auctions]のような幽霊サイトになるかもしれない。(Wordsworthの返答を読む)
確立しているマーケットに参入するのに急成長戦略を使うのは、膨大な資金を無駄にするための素晴らしい方法であり、それはBarnesandNoble.comがやったことだ。あなたが望みうる最良のことは、ゆっくりと競合を置き換えていく時間が得られるように、長く続き、利益をあげられる何かをすることだ。
まだ決められない?他にも考えるべきことがある。あなたの個人的な価値観について考えることだ。あなたはアマゾンのような会社を持ちたいか、ベン&ジェリーのような会社を持ちたいか?手始めにアマゾンとベン&ジェリーの社史を読んでみるといい。それらが露骨な聖人伝であるにしても、どちらがあなたの価値観により一致するか見てみることだ。実際、ベン&ジェリー型のもっといいモデルはMicrosoftで、そしてMicrosoftにはたくさんの歴史がある。MicrosoftはPC-DOSの契約を取れてある意味ラッキーだったわけだが、しかしこの会社はずっと収益を上げて成長していたのであり、それだから大きなチャンスをずっと待ち続けることができたのだ。
あなたのリスク/報酬に対する意識についても考えてみること。たとえそのチャンスが宝くじでも割がいいと思わせるほどのものであっても、35までに億万長者になろうと試してみたいと思うか?ベン&ジェリー型の会社ではそういうことにはならないだろう。
たぶんあなたにできる最悪のことは、アマゾン型の会社にならなければと決め、それでいてベン&ジェリー型の会社のように行動することだ(常にそのことを否定しながら)。アマゾン型の会社は、それができるときにはいつでも時間を金で置き換えなければならない。あなたは市場価格で働くプログラマを見つけることにこだわるのが、賢明でつつましいことだと考えるかもしれない。しかしあなたはそれほど賢明ではなく、なぜならそのためには2ヵ月でなく6ヵ月かかり、その4ヵ月はあなたがクリスマスショッピングシーズンを逃すことを意味するかもしれず、それによって今や一年を犠牲にすることとなり、あなたのビジネスプラン自体続行できなくなるからだ。あなたのソフトにWindowsバージョン同様にMacバージョンを作るのが賢明だと思うかもしれないが、プログラマが互換レイヤを作るのに出荷までの期間が2倍かかり、それによって増やせる顧客は15%だけで、そう、あなたはそれほど賢明には見えないのじゃない?
どちらのモデルも機能するが、あなたはどちらか一方を選んでそれを貫くのでなければ、ものごとが不思議とうまくいかなくなり、あなたにはその理由がわからないだろう。
さらに読むのであれば、The Motley Foolによる論評がある。
この記事の原文(英語)は Strategy Letter I: Ben and Jerry's vs. Amazon です。
