入門経済学マネジメント法

From The Joel on Software Translation Project

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Joel Spolsky / 青木靖 訳
2006年8月9日 水曜


ジョーク: 19世紀ロシアの小さな村に貧しいユダヤ人が住んでいた。そこへコサックが馬に乗ってやってくる。

「その鶏には何を食べさせている?」とコサックが尋ねる。

「パン屑をやっております」とユダヤ人は答える。

「ロシアの貴重な鶏になんて粗末なものを食べさせているんだ!」と言うと、コサックはムチでユダヤ人をたたく。

翌日、コサックがまたやってくる。「その鶏には何を食べさせている?」とユダヤ人に聞く。

「3品の料理を食べさせております。刈ったばかりの新鮮な草に、上等のキャビア、それからデザートとしてフランスから輸入したチョコレートトリュフと高脂肪クリームを小椀に一杯」

「バカめ!」とコサックは言い、ムチでユダヤ人をたたく。「どうして卑しい鶏のために上等の食べ物を無駄にするんだ!」

3日目にコサックがまた尋ねる。「その鶏には何を食べさせている?」

「何も!」とユダヤ人は答える。「鶏には1コペイカ渡して、好きなものを買わせることにしております」

(笑うための一時休止)

(笑わない?)

(バ・ダム・ダム)

(まだ笑わない)

(しかたない)

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私は「入門経済学」(Econ 101)という言葉を皮肉で使っている。アメリカ人以外の読者のために説明すると、アメリカの大学では"101"という番号のついた授業があって、これはそれぞれの分野の入門的な授業となっている。入門経済学マネジメントは、経済学をちょっとかじって逆に危険であるような人々のやり方を指している。

入門経済学マネージャというのは、誰でも金で動機づけされるものであり、人に何かやらせる最良の方法は金銭的な報酬と罰をインセンティブとすることだと思っている。

たとえばAOLであれば、顧客の退会を引き留めるたびにコールセンタのスタッフに報酬を払うかもしれない。

ソフトウェア会社ならバグの最も少ないプログラマにボーナスを支給するかもしれない。

これがどれくらいうまくいくかというと、鶏に食べ物を買うよう金を渡すのと同じくらいのものだ。

1つ大きな問題は、それが内的な動機づけを外的な動機付けで置き換えてしまうことだ。

内的な動機づけというのは、物事を上手くやりたいという、人本来の自然な欲求だ。はじめはみんなたくさんの内的な動機づけを持っているものだ。彼らはいい仕事がしたいと思っている。彼らはAOLに月24ドル払い続けるのが一番いいということを人々が理解する助けになりたいと思っている。彼らはよりバグの少ないコードを書きたいと思っている。

外的な動機づけというのは外部からやってくる動機付けでのことであり、たとえば何か特定のことを達成すればお金がもらえるという場合がこれに当たる。

内的な動機づけは外的な動機づけより強い。人はそれが実際自分のやりたいことであるときにより熱心に働くものだ。このことには別に議論はないだろう。

しかし人々がやりたいことをやることに対して報酬を払うと、「過剰正当化」と呼ばれる効果が生じる。「自分がバグのないコードを書かなきゃいけないのは、それによってもらえるお金がほしいからなんだ」と考え、内的な動機付けが外的な動機付けによって置き換えられることになる。外的な動機付けは効果としてはずっと弱いものなので、結果的に彼らのいい仕事をしたいと思う気持ちを減らすことになる。ボーナスを出すのをやめたり、彼らが別にお金はいいやと思うようになったなら、もはやバグのないコードを書こうという気持ちはなくなる。

入門経済学マネジメントのもう一つの大きな問題は、人々が極大を求めがちになるということだ。彼らはあなたが本当に求めていることを達成しようとするのでなく、お金が支払われる特定のことについて最適化する方法を探るようになる。

たとえば顧客を引き止める係の人は、顧客を保持することで得られるボーナスを望むあまり、顧客を怒り狂わせても気にかけなくなる。そしてあなたの会社のカスタマサービスがいかにひどいかニューヨークタイムズが一面で特集を組むことになる。彼の行動は彼への支払いの基準となるもの(顧客の引止め)を最大化するにしても、あなたが本当に気にかけているもの(収益)を最大化しはしないのだ。そしてあなたが、たとえば彼に13株ほど与えることによって、会社の収益向上に対して報酬を出そうと試みたところで、それは彼がコントロールしていることではないため、時間の無駄にしかならない。

入門経済学マネジメントを使うなら、ただ開発者にシステムをおもちゃにさせるだけのことだ。

たとえばバグのもっとも少ない開発者にボーナスを支給することにしたとしよう。そうするとテスタがバグを報告しようとするたびに大きな議論が持ち上がることになる。そして通常は開発者がそれは本当はバグじゃないのだとテスタを言いくるめることになる。あるいはテスタがバグをバグトラッキングシステムに登録する前に、「非公式」に開発者に知らせるという取り決めになるかもしれない。すると結局だれもバグトラッキングシステムを使わないことになる。見かけ上のバグ数は減ることになるが、実際のバグの数は変わらない。

開発者はこのように知恵が働くものだ。あなたが評価しようとするものが何であれ、彼らはそれを最大化する方法を見つけ出す。そしてあなたが望むものを手にすることはないだろう。

ロバート・オースティンは、その著書「組織におけるパフォーマンスの測定と管理」において、新たなパフォーマンスメトリクスを導入するときには、二つの段階があると書いている。最初あなたは望んでいた結果を手にするが、それはまだ誰も誤魔化す方法を見つけていないためだ。次の段階になると、元よりもまずい結果を手にするようになり、それはあなたが測定しているものを最大化するトリックをみんな見つけ出し、たとえそれが会社を損なうとしてもお構いなしになるためだ。

困ったことに、入門経済学マネージャというのはメトリクスをいじりさえすればそういう状況をどうにか避けられるはずだと考える。オースティンの結論は、それは不可能、ということだ。決してうまくはいかないのだ。自分の望みが反映されるようにメトリクスをいかに調整しようとも、それはいつも裏目に出る。

入門経済学マネジメントの最大の問題は、それが実はマネジメントなんかではけっしてないということだ。それはむしろマネジメントの放棄と言える。物事がどうしたら改善できるか探ることを意図的に避けているのだ。これはマネジメントが単によりよい仕事の仕方を教える方法が分からないしるしであり、それでみんなに仕事の仕方を自分で考え出すよう強いているのだ。

開発者に信頼性のあるコードを書くトレーニングをする代わりに、それができたら金を払うことで、自分の責任を逃れているのだ。だから開発者はみんな自分で見出さなければならなくなる。

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スターバックスのカウンターで働くとか、AOLで電話の応答をするといったもっと世間的なタスクであれば、平均的な労働者が仕事をもっとうまくやれる方法を自分で見つけ出すというのはちょっとありそうにない。田舎のコーヒーショップに入ってソイ・キャラメルラテのショートサイズをエクストラホットでとオーダーするなら、何度も繰り返して言ってやらなきゃならなくなる。コーヒーを入れる人間に一度、それからその男が聞いたことを忘れたときにもう一度、最後にレジの人間が値段を打つときにも言ってやる必要がある。これは誰ももっとうまいやり方を教えてやらなかったことの結果なのだ。その方法をスターバックス以外のどこも見つけなかった。スターバックスの標準トレーニングには、完全な命名システム、カップに書き込むこと、注文を大きな声で繰り返すことが含まれており、それは客がドリンクの注文を一度言えば済むようにするためなのだ。このシステムはスターバックスの本部で開発され、とてもよく機能しているが、それを他のチェーンの店員が自分で考え出すということはまずないだろう。

カスタマサービスのスタッフは一日のほとんどを顧客と会話して過ごす。彼らにはよりよい仕事の方法を考え出すための時間も気持ちもなく、訓練も受けていない。どの引止めテクニックが効果的か、ブロガーを怒らせることが少ないかと顧客引止め要員が統計を取って評価することはできないだろう。彼らはそんなこと気にかけていないし、賢くもないし、十分な情報も持たず、そして自分の仕事のためにあまりに忙しいからだ。

マネージャとしてのあなたの仕事は、システムを考え出すことだ。それがあなたが大金をもらっている理由なのだ。

子供のときにアイン・ランドを少し読みすぎたせいか、あるいは経済学を半期だけ履修して効用はドルでは計れないという話の前のところまで学んだせいで、ボーナスを設定して成績に応じて支払うのがうまいマネジメント法だと思っているかもしれない。しかしそれはうまくいかない。マネジメントという自分の仕事に取りかかり、鶏にコペイカを食べさせるのはやめることだ。

「ジョエル! 昨日は開発者がすべての決断をすべきだと言っていたよね。なのに今日はマネージャがすべての決断をすべきだと言っている。どうなってるの?」

ウーム、ちょっと違う。昨日は木の葉に当たる開発者が最も多くの情報を持ち、マイクロマネジメントや怒鳴り散らす指揮統制は最適でない結果になると言った。今日はシステムを作っているときには、人々をトレーニングするという自分の責任を、賄賂を渡すことで放棄することはできないと言っている。一般にマネジメントはみんなが仕事を成し遂げられるシステムを作る必要があり、そのシステムは内的な動機付けを外的な動機付けで置き換えてはならない。それでは恐怖を使ったり怒鳴りつけて命令するのと大して違わないのだ。

さて、指揮統制マネジメントと入門経済学マネジメントの話が済んだ。マネージャが人々を正しい方向に導くのに使える方法がもう一つある。私はそれを一体化法と呼んでいる。明日それについて話そう。


(オリジナル: The Econ 101 Management Method)

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