選択肢 = 頭痛

From The Joel on Software Translation Project

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Joel Spolsky / 青木靖 訳
2006年11月21日 火曜


Windows Vistaの「オフ」ボタンをどうするかでUIデザイナやプログラマやテスタたちのチーム全体が熱心に取り組んだだろうことは間違いないと思うのだが、しかし本当にこんな風にしかできなかったのだろうか?

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コンピュータを使い終わったとき、あなたは毎回9つの選択肢の中からどれか選ぶ必要がある。数えてみて、選択肢が9つあるんだ。アイコンが2つと、メニューアイテムが7つだ。2つのアイコンは、おそらくメニューアイテムのどれかのショートカットだろう。私の想像では錠前のアイコンはメニューにあるロック(Lock)と同じものだと思うが、しかし電源スイッチのアイコンの方はメニューの中のどれにあたるのかよくわからない。

ノートPCの多くは4つのFn+キーの組み合わせで電源を切ったり、休止状態(Hibernate)にしたり、スリープ(Sleep)させたりといったことができる。これで私たちの選択肢は13個になった。ああ、それにオン/オフボタンもある。これで14個。ふたを閉じるという方法もあるので15個。ノートPCをオフにするときには、合計15個の方法から選択することを求められるのだ。

選択肢が多いほど人は選ぶのがより難しくなり、より不幸せに感じることになる。たとえば、バリー・シュワルツの本The Paradox of Choiceを読んでみるといい。Publishers Weekly誌の書評をちょっと引用しよう。「シュワルツは社会科学における彼の研究を広く援用し、当惑するほどずらっと並んだ選択肢があるのは私たちの疲れ切った脳をあふれさせ、結局は私たちに自由を与えるよりは制限することになることを示している。アメリカではより多くの選択肢があること(「イージーフィット」にしますか、それとも「リラックスフィット」にしますか?)は人々をより幸せにするのだと一般に考えられているが、シュワルツは実際にはそれが逆であることを示し、そんなにたくさんの選択肢があるのは実際には私たちの心理的な幸福感を損ないさえするのだと論じている」

コンピュータをオフにするときに毎回9つもある異なった方法の中から選ばなければならないというのは(しかもそれは物理的なオン/オフボタンを押すとか、ノートPCのふたを閉じるとかいった方法とは別にスタートメニューだけでそんなに選ぶものがあるのだ)、コンピュータをオフにするたび毎回少しばかりの不幸せを生み出すことになる。

これはどうにかできないのだろうか? 何かできるはずだ。iPodにはオン/オフのスイッチすらついていないのだ。ちょっとアイデアを出してみることにしよう。

あなたが最近ギークでない人と話したことがあれば、彼らが「スリープ」と「休止状態」の違いを理解してないことに気付いたかもしれない。だからこれらを一緒にしても差し支えないのは明らかだ。選択肢が1つ減った。

ユーザの切り替え(Switch User)とコンピュータのロックは、コンピュータがロックされているときに次の人がログオンできるようにすれば一緒にまとめられる。そうすることで強制ログアウトも減らせるだろう。選択肢がもうひとつ減った。

ユーザ切り替えとロックを一緒にしたら、ログオフ(Log Off)が本当に必要なのか疑問になってくる。ログオフによってできることが何かというと、実行中のプログラムをみんな終了させるということだ。しかしそれは電源を切るのでもできることだ。だから本当に実行中のプログラムをみんな終了させたいなら、電源を切ってからまたつければいいのだ。もうひとつ選択肢が減った。

再起動(Restart)もなくせる。再起動が必要になる場合の95%は、何かをインストールしていて再起動しろと言われたためだろう。他の場合には、ただ電源を切ってまた入れれば済む。もうひとつ選択肢が消えた。選択肢が少ないほど、面倒も少ない。

もちろん、アイコンとメニューの違いもまた取り除くべきだ。これでさらに2つ選択肢が消える。すると残る選択肢はこれだけになる:

スリープ/休止状態
ユーザの切り替え/ロック
シャットダウン

スリープ、休止状態、ユーザの切り替え、ロックを一緒にしたらどうなるだろう? その一緒にしたモードでは、コンピュータの画面が「ユーザ切り替え」画面に変わる。30秒誰もログインしなければスリープする。何分かしたら休止状態になる。どの場合でもコンピュータはロックされている。これで選択肢は2つだけになった:

(1) 私は今コンピュータから離れる
(2) 私は今コンピュータから離れるが、電源を本当に切っておきたい

なんで電源を切りたいの? 電気を食うのを気にしているなら、パワーマネジメントソフトに任せておけばいい。そっちの方があなたよりもスマートだよ。コンピュータを分解するところで、感電したくないというのであれば、電源を切っただけでカバーを開けるのはまったく安全なわけではないので、電源プラグを抜いておく必要がある。Windowsがアイドル時にRAMをフラッシュドライブにスワップアウトして実質的にメモリを非揮発性にしている場合には、「離席」モード中にいつ電源を切ったところで何も失われることはない。最近のハイブリッドハードドライブならこれは非常に短時間でやれる。

いまや一個のログオフボタンだけが残されることになった。これを「バイバイ」ボタンと呼ぶことにしよう。バイバイをクリックすると、画面はロックされ、フラッシュメモリにまだコピーされてないRAMの内容が書き出される。あなたがまたログオンすることも、別な人が彼ら自身のセッションにログオンすることもでき、電源プラグを抜いてしまうこともできる。

あなたはきっと、これらの選択肢のそれぞれがまったくもって確かに必要である知的かつ正当な理由の長いリストを考え出すことだろう。わざわざそんなことしなくていいよ。わかってて言ってるんだから。ノートPCをオフにする15の異なる方法の中からどれか選ばなければならないおじさんにその違いについて説明してみれば、それぞれの追加の選択肢に本当の意味があるわけではないのがわかる。

これはMicrosoftとオープンソース運動が共有しているソフトウェアデザインのスタイルを浮き彫りにしている。どちらの場合も、コンセンサスを求める気持ちと「みんなを幸せに」したいという望みに突き動かされている。しかしそれは多くの選択肢は人を幸せにするという誤解に基づいており、私たちはそのことを真剣に考え直す必要がある。


(オリジナル: Choices = Headaches)

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